整形外科医は温熱療法をどう思っているのか

瀬戸内を望む広島で日本整形外科学会が開かれました。

天気に恵まれ、学会参加のみならず絶好の観光日和でもあり、厳島神社のある宮島に足を延ばしました。初めての宮島でしたがさすが世界遺産だけあって、整備が細部まで行き届き、とても美しい島という印象をもちました。特に、神社裏手からロープウエー乗り場の紅葉谷までの道が、新緑の楓に覆い尽くされており、すがすがしい気持ちになり、秋に来たら最高な気分になれる感じがしました。

 

学会は整形外科なので、やはり手術に関係する演題が多く、開業医が普段診療で遭遇するものに関しては少ないようです。温熱と名の付いた演題を探してみると骨肉腫への抗癌剤と温熱の併用療法だけでありました。

日本のほとんどの整形外科クリニックで扱っている温熱療法についての演題はゼロで、その治療成績がお互いに語られていないのが現状です。手術を受ける患者さんの数よりも手術以外の保存療法を受ける患者さん数の方が圧倒的に多く、またリハビリ治療の中で様々な温熱治療と接する機会が多いので、整形外科医はもう少しこのあたりの意見交換をして患者さんにフィードバックした方が親切かなと思います。

 

目立たないですが温熱に関する基礎研究はされております。

温熱療法の歴史は古く、古代ギリシアではヒポクラテスが太陽光線を利用した方法や、ローマ時代では温浴、サウナ、砂浴で関節疾患や坐骨神経痛に対処していたようです。整形外科は医療分野の中で治療に温熱療法を最も多く取り入れている科で、クリニックのリハビリ室に行くと数多くの機械が並べられています。いくつか説明しますと、

表在温熱湿布療法といわれるホットパックはタオルにくるんだ温かいものを患部にあてて頚椎、腰椎けん引前の筋緊張緩和に用います。パラフィン療法は温かい流動パラフィンの浴槽に関節拘縮した手を入れて温め、その後の関節運動や作業療法に備えます。マイクロと呼ばれるものは電子レンジと同じ波長が2.45GHzの電磁波で、エネルギーが生体組織に吸収される際に発生するジュール熱を利用したもので、皮膚より奥の筋肉などを温める時に使いますが、体に金属が入っていると使えません。超音波はマイクロよりも体の深い部分を温めることができ、金属があっても大丈夫ですが、手間がかかるのが難点であまり普及はしておらず、限られたスポーツ現場で用いられています。

これらを駆使することで、明らかに患者さんはよくなります。薬や注射だけの治療より温熱療法を加えることで圧倒的に治りの差が出てきます。

では温熱の何が良い効果をもたらしているのでしょうか。

動物の基礎実験では膝関節にマイクロを用いて40℃に温めると関節軟骨のプロテオグリカンやⅡ型コラーゲンが発現し、軟骨細胞内には熱ストレスタンパクのヒートショックプロテイン(HSP70)が蓄積することが見られました。プロテオグリカンは軟骨に水分を保持し、Ⅱ型コラーゲンは軟骨の形をつくり、細胞以外の軟骨基質を形成する大切な成分です。

次に、アミノ酸のグルタミンを膝関節に入れてから温熱をすると、HSP70の発現が増強しただけでなくプロテオグリカンもさらに増え、逆にHSP70を阻害する物質を入れるとプロテオグリカンの発現の増強がなくなる結果が得られました。また別の実験では温熱によって誘導されたHSP70が軟骨細胞のアポトーシス(細胞死)を抑制する結果が出ています。つまり、軟骨を温めたり、グルタミンを与えると軟骨細胞内のHSP70が働き出し、軟骨細胞自体を守ると同時に軟骨基質を丈夫にする方向に向かうといえます。表面上はただ温めているだけにしか見えませんが、分子レベルでは様々な物質が治そうと必死に働いているようです。

 

ストレスで誘導されるHSPにはいろいろな種類がありますが、温熱ストレスで最も多く誘導されるのはHSP70です。HSPは軟骨に良いだけでなく、体にとって他に良い作用があることがわかっています。病気にかかりにくくする生体防御作用やリンパ球に作用して免疫力を高めたり、代謝を活発にして脂肪燃焼をアップさせたり、エンドルフィンを誘導して痛みを緩和するなどがあります。

 

私は日常診療で温熱療法をしていますが、温熱によって元気になってゆく患者さんを見て、明らかに患者さんの治癒力をサポートしているなあと、いつもその効果に感心させられています。

その陰でHSPががんばっている姿を思い浮かべながら、HSPは未だに実態のはっきりしない“自然治癒力”の一端を担っているのではないかといつも思っています。

 

今回の広島の学会のテーマは“彰往察来”(しょうおうさつらい:過去を明らかにし、現状を把握し、それをもとに未来を察知する)でしたので、なおさら温熱関係も入れてほしかったなと思います。