細胞内ごみ処理システムとノーベル賞

もうすぐノーベル賞の発表です。
毎年この時期になると誰が栄冠を手にするのか 様々な予想が飛び交い、周りはにぎやかなムードに包まれます。
非常にインパクトがあった2012年の山中先生のiPS細胞以降、2014年のLED関係、2015年のカミオカンテと寄生虫とほぼ毎年日本人が受賞しています。
2016年も日本人受賞が大いに期待できます。
勝手な予想ですが、私が期待しているのは生理学・医学賞のオートファジー関連で東大の水島先生、東工大の大隅先生、小胞体関連で京大の森先生です。特に森先生は山中先生と同じくアメリカのラスカー賞とカナダのガードナー賞を獲得しており有力と考えます。

オートファジーや小胞体など聞きなれないものですが、いずれも細胞の中のごみ処理メカニズムの研究です。なぜこのごみ処理が注目されているかというと、このごみ(不良タンパク質)処理の良し悪しがさまざまな病気の発症に関わっているからです。

小胞体は細胞核に隣接し、周囲のリボゾームで作られたタンパク質を小胞体内できちんとしたタンパクに整えてゴルジ装置へ送り出します。
そしてこのタンパク質はゴルジ装置からリソソームそして細胞表面に旅立ってゆきます。
小胞体はいわばタンパク質をきちんと育てるための学校のようなものです。
細胞内で合成されたばかりのタンパク質は生理学的な役割を果たすことができないため、正しい立体構造に折りたたまれるフォールディングという処理を受けなければなりません。基本的な礼儀を学ぶということです。

しかし、時にフォールディングがうまく行かなくてきちんとしたタンパクができない場合があります。新規の合成タンパク質が小胞体内に次々に入ってくるものの、きちんとしたタンパク質を送り出せなくなり小胞体という学校が礼儀を知らない不良で溢れてしまします。

このような状態を小胞体ストレスといいます。

小胞体ストレスの誘因としては細胞に血が行かなくなる虚血や遺伝子変異があげられます。そしてストレスが長時間に及ぶと神経細胞や膵臓の細胞が死んでパーキンソン病や糖尿病に至るといわれています。

しかし、細胞は賢いのでそのような状況を打破しようとさまざまな手を打ちます。フォールディングに重要な酵素である分子シャペロンを多く生産しタンパク質の折りたたみ効率を上げたり、タンパク質の翻訳を減らし小胞体への入場を減らし、変性タンパクを積極的に分解除去します。そして、どうしても改善不可能なレベルに達したとき細胞は自ら死を選択し消滅するアポトーシスを誘導します。
このように細胞は自ら立ち直ろうとする力があるので、適度なストレスが逆にタンパク質の折りたたみを促進します。そのストレスは一過性で短時間のものであったり、入浴などの温熱刺激だといわれています。

また、小胞体ストレスとオートファジーは大いに関係しており、小胞体ストレスにより細胞内シグナルを介してオートファジーが誘導されます。
オートファジーは自食作用ともいわれ、細胞質のリソソームにおいて細胞質内の不要になった成分を分解する機構で、マクロ、ミクロ、シャペロン介在オートファジーの3つの経路があり、主にマクロオートファジーの研究が多くなされています。

細胞質内の不要なタンパク質を選択的に分解するユビキチン・プロテアソーム系と違い、オートファジーはタンパク質だけでなくミトコンドリアなどのタンパク質以外の細胞内構造体も分解できる特殊なシステムです。
この分解の仕方はとてもユニークで、処理したい対象があると細胞質から隔離膜が出てきて対象を取り囲んでから、さらにリソソームに取り込まれて中身を分解します。

リソソームはオートファジーの主役でもあり細胞内のごみ処理工場に相当します。リソソームの内部には70種類の酵素があり、酸性に保たれ、ここに入って来たものは何でも分解されます。そうすることで細胞内をクリーンにします。
普段はアミノ酸やインスリンがmTORC1(タンパク複合体)を介してオートファジーを抑制しています。
mTORC1は食事のカロリー制限により寿命を延ばすことに関係する物質としても知られていますが、アミノ酸やインスリンがなくなる飢餓時にはmTORC1の抑制がとれてオートファジーは活性化し、自己タンパクから不足しているアミノ酸を生成して飢餓に対応します。

つまり、オートファジーは単なるごみ処理だけでなく生体の調節の根幹を担っているとも考えられています。
また、オートファジー関連遺伝子の同定とその遺伝子改変動物の実験にから、オートファジーの機能不全は変性タンパク質や構造物などの細胞ごみがたまることで、パーキンソン病、アルツハイマー病などの神経変性疾患や腸の炎症疾患のクローン病、糖尿病、心不全、腎症そしてがんの発症に関係することが分かってきました。
がんに関しては、通常Sqstm1/p62というユビキチン結合タンパクが異常なミトコンドリアとともにオートファジーにより分解されますが、Sqstm1/p62が分解されずに細胞内に蓄積するとNF-kBを活性化してがん形成に関与すると考えられています。
神経変性疾患であるハンチントン病や脊髄小脳変性症は神経細胞内にポリグルタミンが蓄積する病気ですが、熱ショックタンパク(hsp70)と伸長ポリグルタミン鎖の結合を促進すると、ポリグルタミン鎖はリソソームに運ばれオートファジーにより分解されます。これはシャペロン介在オートファジーでhspと関わる反応です。hsp は熱により細胞内で増加するので、小胞体ストレスと同じように体を温める温熱刺激が有用かもしれません。

他にもさまざまな遺伝子や数多くの物質がオートファジーに関わっており、病気の発症のメカニズムの解明と創薬に向けた研究が世界中で行われています。今では日本より海外での研究が盛んであるという意見もあります。
そのメカニズムが解明されたとき、さまざまな病気の治療が一気に進む可能性があると思います。

私は病気の根本につながる小胞体やオートファジーの研究を世界に先駆けてはじめた日本人の研究者の立派さを改めて感じると同時に、この研究者のもとへノーベル賞が近づいてきている予感がします。

photo: businessinsider.com