すすむ個別化医療がそのうちがんの標準治療になるかもしれない

個別化医療やプレシジョンメディシン(精密医療)ということばが、特にがん治療においてよく聞かれるようになってきました。
今や2人に1人が罹患するがんに対して、医療者側は遺伝子解析など細かい検査により個々人に合う薬や治療法を提供する時代に入ったことを意味しています。
また、今の手術、化学療法や放射線治療など標準治療ではどうしてもカバーしきれない部分があり、それを新たな手法で補っていく必要があります。
その一つとして今や広く普及した分子標的薬があります。
分子標的薬はがん細胞に特徴的に発現しているタンパク質の分子を標的として、この働きをブロックすることでがんの増殖を抑える薬です。
がん細胞は自分で死ぬこと(アポトーシス)することなく、自ら栄養補給のための血管を作り、増殖し続け、その血管内に侵入し血流に乗って、遠くの臓器へ転移する特徴があります。これらはすべて異常な遺伝子から作られた異常なタンパク質による仕業です。
そして、この異常なタンパク質を攻撃するためにモノクローナル抗体や低分子薬などの分子標的薬が作られ、様々な種類のがんに用いられています。
分子標的薬は通常の抗がん剤に比べて髪の毛が抜けることや食事が全く摂れないなどのADLを著しく低下させるような副作用が少なく、治療成績も向上し進歩した感はあります。
しかし、全く効かないケースや、重篤な副作用が出現することもあり、またそのうち耐性も出てきてがんを制圧するまでには至りません。これは現時点でがんの特徴を厳密に調べ上げることが出来ていないためだと思います。
同じ臓器のがんでもそれぞれ遺伝子の異常部位や数が異なるため個々人でがんの性質が違います。どの遺伝子が本当に悪さをしているのかを見つける技術と、それに適した分子標的薬を選択する方法を確立することが早急に求められます。

分子標的薬とは別に、新たな手法として遺伝子に働きかける方法や免疫細胞に働きかける方法があります。
がんは突然がんになるわけでなく、例えば大腸がんでははじめ、正常粘膜細胞内のAPCという遺伝子が傷つくことで細胞が変化し腺腫ができ、さらにK-rasという遺伝子の傷で細胞が悪くなり隆起します。続いてがん抑制遺伝子であるp53が傷つくことで腺腫内にがんが発生、最後にSMAD4,PTENの傷で進行がんに発展すると言われています。
このp53やPTENの傷を元に戻そうというのが遺伝子治療の基本で、ウイルスの力を借りて体内に注入後、がん細胞のアポトーシスを導こうというものです。
ただし、この効果も限界があり現時点では、高活性化NK細胞を用いた併用療法や腫瘍が縮小した後に標準療法を加える方法がとられています。
将来的には目的の遺伝子を狙った位置に挿入できるゲノム編集という技術が確立すれば更なる効果が期待できます。

また新たに遺伝子治療と細胞療法が合体したキメラ抗原受容体T細胞療法:CAR-Tがあります。通常がんは自身の抗原性を隠し免疫をすり抜けようとします。CAR-Tはこの抗原性を認識する力を発揮するキメラ遺伝子を自身のキラーT細胞に遺伝子操作で導入した後、体内に戻す方法です。がんを殺す確率が最も高い治療法とされており、治療困難な白血病に対して9割近くの人を回復させました。しかし、自身のB細胞を攻撃したり、免疫応答に大切なサイトカインを狂わせる副作用がでます。今後この副作用が調整できれば、がん治療の強い味方になります。
一方、免疫細胞に働きかける方法としては最近話題のオプジーボ(抗PD-1抗体)を用いまたこれを応用した方法があります。がんはPD-L1という物質をつくり、がんを攻撃するT細胞のPD-1に結合することでその攻撃を免れています。オプジーボはその結合を阻みT細胞の攻撃を復活させる抗体薬です。現在、悪性黒色腫と非小細胞性肺がんへの保険適応があり、そのほかのがんには使用できません。

しかし、湘南メディカルクリニックの阿部吉伸先生は保険診療以外の形をとることで様々ながんに用いています。その施設ではオプジーボを少量ずつ投与することで副作用の発現を避けつつ、活性化NKT細胞との併用療法を行っています。
昨年の9月からの半年間に245人にこの方法を用いたところ約半数でがんの縮小がみられたと報告しています。
またオプジーボと似て樹状細胞の免疫のチェックポイント阻害を行い、さらに制御性T細胞を抑え込むことでT細胞の活性化を促すヤーボイという薬を追加した場合、8割の人にがんの縮小効果が見られたようです。
そして、この内容を報告していた阿部先生自身がもし自分ががんになったら真っ先に受けたい治療であると述べていたのは印象的でした。

ここ数年NK細胞や樹状細胞を用いた細胞療法が行われてきましたが、1,2種類の細胞だけでは効果の限界があります。
また樹状細胞の成熟には自然免疫のNKT細胞の活性化が不可欠であることやがんの原発巣と転移巣では抗原の出方が異なり、転移巣ではよりNK細胞の働きが必要であることが分かってきました。
このことからキラーT細胞、NK細胞、γδT細胞、NKT細胞、樹状細胞の5つをまとめて使う5種複合免疫療法も行われています。

さらに樹状細胞ワクチン療法を新たな方法で今まで以上に強化したエイビーバックス療法があります。これは日本での個別化医療の推進に尽力しているアベ・腫瘍内科・クリニックの阿部博幸先生が作り上げた方法です。
今まではショートペプチドでWT1など1つのがん抗原を樹状細胞に入れていましたが、新たに単球未分化増殖技術により樹状細胞を増殖させ、ロングペプチドにて4~6種類のがん抗原を樹状細胞に入れることで、がん細胞の多様性に対応した樹状細胞を沢山作ることができるようになりました。副作用も少なく、かなり効果のある方法です。当院でも取り入れたい方法の一つです。

現在個別化と言ってもさまざまな方法があり、何がある一人の患者さんに適しているかはまだわからない状況です。効果、副作用、経済的な問題も考慮するとさらに複雑になります。

この複雑さを少しでもシンプルにするために血液中のCTCs(循環腫瘍細胞)検査結果による治療法の選択というアプローチがあります。
CTCsは転移の原因となるがん幹細胞に相当し1ccあたり5個以上検出されるとがんの危険性があると判断されます。
さらにこの細胞の遺伝子、分子標的薬、抗がん剤、天然物による感受性試験の結果からその人に効く薬の選別が可能になります。つまり効かない抗がん剤で苦しむことがないように事前に判断ができるわけです。

こういった検査を利用して複雑に絡み合った問題を一つひとつ解きほぐしながらデータを積み上げていくことが個別化医療の基本であると思います。
この積み重ねがいずれ標準になり、今の標準治療の形が変わる可能性はあります。
現時点で私が思うことは、自身ががんになった時に何とかして化学療法を後回しにしたい。そのためにはCTCs検査をして、遺伝子治療やピンポイント放射線で縮小後、手術ができるならまず手術を行い、細胞療法、抗体療法の順で治療を行うことを考えています。
しばらくしてこの順番も変わる可能性もありますが、私としては体への侵襲が少ない順に行うことを基本にしたいです。

もちろん温熱とビタミンC点滴は初めの段階から使います。

photo; The University of Tokyo Hospital