ケトン食による がん 兵糧攻め作戦

かつて戦国武将たちは、さまざまな戦術を展開し、勝利した者だけが生き残れる過酷な世界にいました。豊臣の時代、黒田官兵衛らは鳥取城を陥落する際に兵糧攻めという方法を選択しました。本格的な攻めの前に城下にあったお米を倍の値段で買いあさりその地域の米の量を減らしました。その後、領民たちを焼き討ちなどで追い立て城の中に追いやったあと城を囲み外部からの食糧補給を絶ちました。城の中は4千もの人であふれかえり食料があっという間になくなり武力衝突することなく陥落したそうです。手間はかかるものの味方の損失はなく、まさに戦わずして勝つ優れた方法であったと思います。

銀座東京クリニックの福田一典先生はこの兵糧攻めという考えをがんの治療に応用しました。最近よく耳にする糖質制限に、脂肪を沢山とるケトン食療法を加えたのです。がん細胞の主な栄養源はブドウ糖であるので、これを断つことでがん細胞を兵糧攻めにして、正常細胞は脂肪から栄養を補給するというものです。
糖質の過剰摂取は体の細胞を糖化することで老化の進行や糖尿病、がんなどの多くの病気を引き起こします。糖質の摂取をなるべく少なめにすることはとても大切ですし、病気にならないための基本です。がん予防には糖質の制限とタンパク質と緑黄色野菜の摂取と適度な運動が好ましく、がんになってしまった場合にはケトン食を追加するという考え方です。
ケトン体とは、脂肪の分解途中でできる、アセト酢酸・βーヒドロキシ酪酸・アセトンを総称したものです。糖質不足や代謝の障害がおこると、体は糖質に代わるエネルギー源を脂質に求めるようになり、脂質の代謝が盛んになります。
体内の脂肪細胞に蓄えられた脂質(脂肪酸)は、肝臓に運ばれて、アセト酢酸に変わり、さらにこのアセト酢酸が変換されて、βーヒドロキシ酪酸・アセトンなどのケトン体ができて肝臓以外の各臓器でエネルギー源として利用されます。このように、血液中に増えたケトン体がエネルギーとして使われている状態を「ケトーシス」と呼びます。
ケトーシスの体を作るには、まず1日の炭水化物の量を、1日の摂取カロリーの5%に抑えます。例えば、1日に2000kcal摂取している人なら炭水化物の摂取量は100kcal(25g)以内にします。この状態を数日週続けると、体脂肪がエネルギー源として利用される「ケトーシス」となります。

がん細胞は無限に増殖する使命を帯びた細胞で、そのために酸素を必要としない嫌気性解糖系を選択し、ブドウ糖を原料に(ATP)エネルギーを作り、そのエネルギーをもとに自己の細胞構成成分を合成してゆきます。
ミトコンドリアを利用した方がATP産生量は多いのですが、大量の活性酸素が発生するので、酸素を必要とするこちらの系をがん細胞は選択しませんでした。
よってがん細胞の周りにいくら酸素があっても好気性呼吸を行いません。これはがん細胞内で低酸素誘導因子(HIF-1)が常に活性化し解糖系方向の促進とTCA回路方向の抑制が働いているためといわれています。
つまりがん細胞はブドウ糖の取り込みを常に亢進させていないと生きて行けない細胞であるともいえます。
一方、がん細胞はケトン体をエネルギー源として利用することはできないばかりか、ケトン体自体にがん細胞の増殖を抑える作用があり、脂肪の摂取は有用と考えられます。
どの程度まで脂肪をとることが可能か調べた実験で、健常人にカロリーの85%以上を脂肪で摂取するような食事を続けても内臓や運動機能に悪影響がないことが認められました。このことからかなりの量の脂肪を糖質の代わりにとることができます。

ケトン食療法は元々てんかんの食事療法としてかつて用いられた方法ですが、薬の進歩により使われなくなりました。しかし、てんかんに関連して脳腫瘍にケトン食療法を行ったところ抗腫瘍の効果が見られたことや、抗腫瘍効果が血中ケトン体濃度と相関した実験結果も示されたことから最近、がんの食事療法として見直され研究されるようになりました。

実際のケトン食療法は

① 脂肪として肝臓で代謝されやすい中鎖脂肪酸を使います。 オリーブオイル、魚油(DHA,EPA)、亜麻仁油、しそ油などです。具体的にはココナッツオイルや精製中鎖脂肪酸(マクトンオイルやMCTオイル)を1日に40~100g摂るようにします。(1日の食事の60%を脂肪にする)

②1日40g以下の糖質制限(ごはん一杯150gには50gの糖質があるので、1日1杯も食べられません。)

③タンパク質は体重1kgあたり1~2g摂ります。
基本的に脂肪:(糖質+タンパク質) を 3:2にします。
例えば糖質40g(160kcal)タンパク質80g(320kcal)の場合脂肪は180g(1620kcal)で合計2100kcal/日になります。

ケトン食の欠点は極端な糖質制限を行うので重度の糖尿病の方に行うことは危険で、また高脂肪、高タンパクになるので重度の肝障害や腎障害がある場合も難しくなります。主にⅠ型糖尿病でインスリン不足により脂肪の代謝が亢進し、血中にケトン体が蓄積し酸性血症により意識障害に陥る糖尿病性ケトアシドーシスがあり、ケトン体に良くない印象を持たれる方もあるでしょう。

しかし、実際はインスリンの働きが正常である限り、一時的に上昇したケトン体によるアシドーシスは血液の緩衝作用で正常に戻るため、ケトン体は安全なエネルギー源であるといえます。また高脂肪ががんの発生を高めるとの意見もありますが、これは高脂肪と高糖質が合わさった食事での話であり、低糖質では逆に発がんを抑制する実験結果も出ており、心配することはないでしょう。

断食やカロリー制限と違って栄養不足や体力低下に陥ることも少なく、副作用のほとんどないこのケトン食療法は、がん細胞の弱点をついたとても理にかなった方法です。がん攻略には標準療法の正攻法ももちろんですが、過去の武将にならい、がんの兵糧攻めも一考の余地があると思います。

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