パラリンピックから脊髄損傷について考えてみました

羽生選手やカーリング女子への興奮冷めやらぬうちにパラリンピックが始まりました。

10日にはアルペンスキー滑降座位で村岡さんと森井さんが早速銀メダルを取り、14日には村岡さんが金、さらに16日には成田さんが金をとり日本人としてとてもうれしい気持ちになります。また左足が義足で夏季パラリンピック走り幅跳びの銀メダリストの山本選手が今回スノーボードで挑戦することなど話題に事欠かない楽しい祭典となっています。

パラリンピックは1948年にロンドン郊外の病院において第二次世界大戦で脊髄を損傷した兵士のリハビリの一環として行われたアーチェリーの競技会が始まりとされ、1952年に国際大会になったようです。今では様々なハンディキャップを抱えた方々の競技会となりました。

私は大学病院時代に脊髄損傷の研究に少し関わっていたことがあり、今回は脊髄損傷について書いてみました。

パラリンピックという名はパラとオリンピックを合わせた造語で、パラとはパラプレジア=両下肢麻痺のことです。医学的に一側肢麻痺をモノプレジア、四肢麻痺をテトラプレジアといいます。

脊髄損傷には受傷して間もない急性期、受傷後4週間以内の亜急性期、それ以降の慢性期があります。亜急性期までは治る見込みがありますが、慢性期になると麻痺は重篤化しやすく、改善が見込めない場合がほとんどです。

パラリンピックに出場しているパラプレジアの選手は麻痺が確立した慢性期の中で戦っています。

また、損傷の程度により、機能がわずかでも残っている不全麻痺と全く機能が失われた完全麻痺があります。損傷部位は頚髄が約7割と最も多く、完全麻痺に至った方は3~4割ほどいます。

完全麻痺で慢性期に陥った場合、現時点で改善の見込みはゼロです。

しかし、この状態を何とかしたいと悩んでいる患者さんは多く、そのため研究者は慢性期完全麻痺の治療を目標としています。

脊髄損傷は長い間治らないとされ研究は停滞していた感があります。分子生物学の発展とともに研究が盛り上がってきたのがここ20年程です。現時点でこの分野は日本の研究が世界の中でも進んでおり、特に慶応大の岡野先生と中村先生がiPSの山中先生と組んでリーダーとなっています。

私が昔、研究のきっかけとなったのは岡野先生の神経栄養因子に関する論文で、神経が回復するかもしれない可能性が心に響いたことを今でも覚えています。

脊髄損傷の研究は損傷部への細胞移植が主流で、岡野先生は20年近く前ラットの胎児由来の神経幹細胞をラットの脊髄損傷部への移植を皮切りにヒト胎児由来の幹細胞移植まで進めました。ところが、倫理的問題で実験がストップ。

2006年困っていたところに山中先生がiPS細胞を開発して一緒に研究することで、倫理的問題をクリアーし実験が再開しました。

まずはマウスのiPS細胞を神経幹細胞にしてからマウスの脊髄損傷部に移植、続いてヒトのiPS細胞を同様にマウスに移植したところ、動かなかった手足が動くようになり、実験は成功しました。顕微鏡で見てみると移植したiPS細胞由来の神経幹細胞は神経細胞やオリゴデンドロサイト(軸索の周囲を覆う髄鞘形成に関与)に成長し、神経伝達に重要な髄鞘を作るまでになっており、これらが機能回復に至った要因と考えられています。

このようにヒトに用いるまではマウスなどの小動物からサルそしてヒトへ実験を進めていくわけですが、ヒトへの応用に関してはiPSの腫瘍化の問題や細胞の生きの良さをキープできるかなどのハードルは非常に高く、まだまだ時間はかかりそうです。

中村先生は綿密な臨床的治療戦略を練っており、これから10年の間に3つのステージを踏んでいく予定です。まず①亜急性期の完全脊髄損傷の患者に対する臨床研究、続いて②慢性期の不全脊髄損傷に対して、最後に③慢性期の完全脊髄損傷に対してと述べています。

脊髄損傷の治療で大事なことは受傷後早期の急性期における治療であるといわれています。

以前は損傷による炎症を防ぐという意味でステロイドを大量に使っていましたが、今はそれに代わってG-CSFという神経栄養因子やHGF(肝細胞増殖因子)の投与が行われるようになってきました。HGFは炎症を抑え、神経や血管の再生を促す効果があるため筋委縮性側索硬化症(ALS)の患者さんにも使われ始めています。

急性期にHGFにより完全脊損になりそうな患者さんを不全損傷に抑えることで、早期のリハビリにより機能回復が望めるようになります。

亜急性期から慢性期に至り回復が不十分な場合には今後iPS細胞移植したのちリハビリ訓練にて回復を促すことになるようです。

慶応大では京都大学の研究所CiRAから提供してもらったiPS細胞から分化誘導した神経幹細胞のストックを持ち、いつでも脊損の患者さんに提供できる体制を整えようとしています。

リハビリではHALというサイバーダイン社のロボットスーツにより慢性期の不全損傷の患者さんで歩行機能の改善やMRIで脳内の連絡網の再構築が確認されたりして、今後脊髄損傷全体の治療において大いなる助けになることが予想できます。

iPS細胞ができたことでこの分野においても一段と進歩がみられ、山中先生の功績はとてつもなく大きいものだとあらためて思いました。

それと同時にiPSを持ってしてもすぐには治療に取り掛かれない慢性期の完全脊髄損傷がとても難解なものと再度認識しました。

しかし、急性期から亜急性期へと問題解決が進み、私が研究していたころあと100年は無理だろうなと思っていたゴールがもっと手前に近づいて来たことは事実です。

将来的には今回パラリンピックに出ていた選手が、歩けるようになり2018年は車いすだったなあと振り返る日が来るかもしれません。

平昌での祭典はもうすぐ幕を閉じますが、これからもパラリンピックには注目していきたいと思います。

photo: 毎日新聞