がん悪液質の炎症は命と引き換えに消える

在宅医療では病気の治療の他に、お看取りをする仕事があります。

先日は直腸がんの患者さんを看取りました。がんが再発してから未治療な為、肛門付近から外に徐々に増大する様子がわかり、それとは反対に患者さんはどんどん痩せてゆきました。まさにがん細胞が自身の成長のために患者さんの体から栄養を奪い取っていく状況が目の前で繰り広げられていたわけです。

このように栄養不良で衰弱した状態を悪液質といいますが、悪液質は慢性閉塞性肺疾患、慢性心不全、腎不全などでも起こり体重減少、著しい骨格筋の萎縮を特徴とします。よってこの骨格筋の萎縮は高齢者に起こるサルコペニアとは別の病態です。

がんを起因とした場合、がん悪液質といい進行がん患者の約80%にみられます。

がん悪液質は進行に応じて前悪液質、悪液質、不可逆的悪液質と3段階あります。体重減少5%以下が目安とされる前悪液質では栄養サポートに反応するので、状態の改善が期待できて抗がん剤などの治療が継続できます。しかし、体重減少が5%以上になる悪液質では経口摂取が不良となり栄養サポートの反応も悪くなります。さらに不可逆的悪液質は栄養を与えても代謝が難しくなり、かえって栄養を控える状況になり生命予後が3か月未満になります。この終末期に食べられないのがかわいそうとご家族が点滴を希望される場合がありますが、逆にむくみや胸水、腹水、気道分泌の増加を引き起こし、苦しくさせてしまうこともあるので、ご家族と話し合いながらいつも慎重な投与を心掛けています。

がん悪液質は栄養不足の進行と慢性炎症が同時に起こっています。

栄養不足はタンパク質の異化亢進とされますが、最近では脂肪分解が筋萎縮より早期に見られることがわかり、脂質代謝の亢進も悪液質の要因となります。これらの反応を引き起こしているのがTNFα、IL1,IL6(インターロイキン6)などの炎症性サイトカインといわれています。サイトカインは様々な免疫細胞が協力し合う時に分泌されるタンパク物質で炎症性と抗炎症性がありバランスがとられています。しかし、がんが増殖するとがん細胞自身もしくはがんに対する免疫応答の結果として炎症性サイトカインが過剰分泌されるようになります。TNFαとIL1は細胞核内のNFκBを活性化しタンパク質分解を促し、骨格筋では筋萎縮を引き起こします。その結果、分解されてできたアミノ酸はがんの栄養になってしまいます。

脂肪細胞には白色細胞と褐色細胞があり、白色は脂肪をため込み、褐色は脂肪を燃やし熱を産生します。よってダイエットでは褐色細胞が歓迎されます。しかし、悪液質では本来褐色細胞にしかないUCP1というタンパク質をを白色細胞が持つようになり脂肪代謝と熱産生が亢進し血液中に脂肪酸が増えてきます。これらはIL6の刺激によるものとされ、その結果、増えた脂肪酸はがんの栄養となるばかりでなく筋肉の細胞にも取り込まれます。筋肉細胞に入った脂肪酸はミトコンドリアに入りβ酸化されますが、その際に活性酸素が発生し筋萎縮に至ります。このように脂肪代謝障害が筋萎縮をもたらすことが最近分かってきました。

また、悪液質は肝臓の働きを低下させIGF1(インスリン様成長因子)の生成を減らしてタンパク質の合成が低下します。よって筋組織においては合成より分解が上回り筋の萎縮に至ります。また肝臓でのヘモグロビン合成も抑制されるため貧血に至ります。

がん研有明病院の研究では血中のIL6値が高いほど生存期間が短いことが示されたことから、IL6を減らす何らかのアプローチが必要になります。

治療として抗炎症性のサイトカインやIL6の受容体に対するモノクローナル抗体の利用、または細胞内シグナル伝達を抑える方法などが考えられ、世界中で実験が行われていますが、十分な結果はまだ得られていないようです。

今できることは、前悪液質の段階での栄養サポートや筋肉温存のための運動療法の介入などが必要になります。

栄養サポートしては卵、大豆などのタンパク質摂取や筋肉を丈夫にするロイシンを含むBCAAアミノ酸の摂取、そして鉄不足に対するヘム鉄とB群の補充がkeyとなります。

また、慢性炎症を引き起こすω6系の食物は避け、抗炎症のω3系のEPA,DHAの積極的な摂取とミトコンドリアでの活性酸素に対してビタミンC,E、αリポ酸など抗酸化作用のある物の利用も大事です。漢方では抗炎症と抗がん作用のある半枝蓮と白花蛇舌草が役に立ちます。

根治はまだ先になるため、医療介護関係者は患者さんに寄り添い十分話を聞いて、少しでもQOLが上がるようなサポート体制を構築し維持することが現時点で最も大切であると思います。

photo: Business Insider